院長エッセイ集 気ままに、あるがままに 本文へジャンプ


ナルシッソスは筋トレ中

 

忘れもしない今年の二月十五日、バレンタインの義理チョコを数個つまんだあと、風呂に入ろうとして、洗面台の鏡に映る自分自身をみて愕然とした。短パンのウエストのゴムに被さるようにして脂肪がでっぽりと横にはみ出していたのである(写真1)。「またダイエットを始めるか。」そう決意するのに数秒もかからなかった。私はこれまで何度もダイエットを試みているのであるが、成功率は100%である。なぜこれほどまでに高い成功率なのか? 極めて単純な事である。私にはダイエットに最も必要とされる資質を生まれながらに持っているのである。それは意志の力とか精神力とかいう生やさしいものではない。己の存在そのものに関わる極めて強い感情である。それは何か。『自己愛』である。「こんな自分で、あなたは自分自身を許せるのか?」「それを許してしまったら、あなたのレゾンデートルは何処にあるのか?」 『自己愛』から発せられる怒髪天を衝く機鋒鋭い駁撃に耐えることに較べれば、空腹感や食べ物への執着心は取るに足らないものである。その『自己愛』さえあれば、ダイエットの方法なんて何でも良い。かならず成功する。 
わたしもいろいろなダイエット法を試したが、最近は自ら考案した方法を実践している。今ここに惜しげもなく、その方法を開陳するが、いずれダイエット本を書くかも知れないので、専売特許は私に帰するものとして、他言は無用にしていただきたい。人間長年慣れ親しんだ食生活・食べ物の嗜好を変えることは非常に困難なことで、かなりのストレスになることは想像に難くない。また、ちまちまとカロリー計算をし、栄養のバランスも考えたダイエット食をその都度用意出来る人は少数派だろう。わたしの考案したダイエット法は、これまでの食事形態を変えることなく、どんな食材や嗜好品も制限する必要がない。面倒なカロリー計算などいらない。しかも成功率100%。こんな夢のようなダイエット法があるのか? あるのである。それは量を制限することである。「な〜んだ」と思った御仁、具体的な方法を聞いてからその是非をご検討願いたい。まず、いつもと同じように配膳してもらう。家族みんなで食べる大皿の料理は、あらかじめ個人用の分量で小皿に移してもらっておく。そしておかず系は三分の一、ご飯は半分きっちりと残す(おやつ・間食はできれば全廃してほしいが、どうしても我慢出来ない人は半分残せばよい)。最初からその分量で配膳してもらってはダメだ。必ずいつも通りの量でよそおってもらう。食卓で通常の分量を目の前にすると、全部食べるであろうと脳が勝手に認識し、ある程度の満足感が得られる。満腹中枢に媚びを売るのだ。さらにその残す行為そのものに意義がある。ちょっと箸を動かすだけで、食べられるのにそれを我慢した自分に酔うことが出来る。ダイエットという自虐的な目的に向かって努力を惜しまない自分への自己陶酔は必須である。そして残ったものは、出来れば破棄してほしい。生ゴミ行きだ。捨てるという行為の後ろめたい感情 ― 食べ物を捨てるなんて言語道断!お百姓さんに申し訳ない・世間に合わせる顔がない。満足に食べることさえ叶わないアフリカの子供たちに対してあなたはどう責任をとるのか ― そんな感情にさいなまれ、空腹感に身もだえしているうちに、それがマゾヒスティックな快感につながっていく。そうなればしめたものだ。ダイエットの成功率はグンと跳ね上がる。しかしそうはいっても家計の問題もあるので、うちの細君は、私に内緒でそっと次回の食卓にアレンジを加えて出したりしているようである。以上が私のダイエット法である。これを実践すれば、一ヶ月で三、四kgは確実にダイエットできる。簡単なようで、ほんとに簡単だ。『自己愛』と自己陶酔癖とM気質さえあれば。

 ダイエット開始にあたって、成功するのは火を見るよりあきらかなので、今回は別の試みを追加した。それはボディシェイプに重点を置いたダイエットである。胸板は厚く腕は太く、ウエストは細く。カロリー制限しつつ、必要な蛋白質を摂りながら筋肉トレーニングを行うのである。筋トレの本を買い込み、最新の理論をインターネットで検索しながら実践中である。見た目重視のシェイプアップなので、筋力は二の次で筋肉のバルクアップに重点を置きながらも、ゴリマッチョにはならないように注意を払いながら行っている。十月現在、体重は約7kg減の66kg、ウエストは9cm減の73cmまでの絞り込みが出来ている(写真2)。体脂肪はまだ10%以上あるので、一桁を目指す。体重は筋肉量が増えてきているので増加しつつあるが、70kgまでにとどめたい。筋力は二の次とはいいながらも、自然と付いてくるもので、病院リハ室にある高齢者向けのマシーンの負荷ではもはや追いつかず、自宅にバーベル等を購入し励んでいる。
ダイエットは行うことより、一旦目標に達した後の、維持・管理が困難であることは言うまでもないことである。わたしが何度もダイエットに成功しているということは、とりもなおさず、何度もリバウンドしていることに他ならず、『自己愛』のさらなる研鑽 ― どの程度までなら許せるかという美意識の見直しとその徹底 ― が私に与えられた当面の課題である。


目次へ戻る / 前のエッセイ / 次のエッセイ